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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)2501号 判決

控訴人

鈴鹿の森観光開発株式会社

右代表者代表取締役

永瀬勝也

控訴人

オリックス・クレジット株式会社

右代表者代表取締役

丸山博

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

宅島康二

被控訴人

破産者株式会社スタッフコーポレーション

破産管財人

平川敏彦

主文

一  控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

次に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第二の一及び第三の一の各「事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決八枚目裏一行目を削除する。

一  控訴人らの主張

1  控訴人鈴鹿の森観光開発株式会社(以下「控訴人鈴鹿の森観光」という。)に対する請求について

(一) 本件入会契約については、破産法五九条一項による解除権の適用はない。

破産法五九条一項の趣旨は、ともにまだ履行の終わっていない双務契約について、破産管財人に、その判断に基づいて、契約を解除して原状を回復すべきか、契約の趣旨に従って債務の履行をすべきかを選択させるところにあるが、本件入会契約の場合、会員が会員権を取得した段階で、双方の債務の履行が終わっており、その後において会員が破産しても、その会員権が破産財団に属することになるだけであって、破産法五九条一項の適用の余地はない。

本件の場合、破産者である株式会社スタッフコーポレーションは、既に二年近くも会員として本件ゴルフ場を利用しているのであり、この段階に至った継続的債権関係である本件入会契約を遡及的に解除できるものではない。

会員は、会則上、いつでも退会、すなわち本件入会契約の解約ができるところ、破産管財人が民法上の解除権を有する場合(同法六二一条、六三一条、六四二条など)には破産法五九条一項の適用はないと解すべきであるから、本件入会契約の場合も、破産管財人は解約すればよく、したがって、破産法五九条一項の適用はない。

そうすると、破産管財人による本件入会契約の解除は、退会の効果しかないというべきであるから、それによって本件入会契約は終了するが、入会預託金については、会則第八条により、入会のときから一〇年の据置期間の定めにより、平成一二年二月九日まで返還期限は到来しない。そして、右据置期間の定めは、控訴人鈴鹿の森観光と破産者との間の特約として、当然破産管財人もこれに拘束されるものであるから、本件入会預託金の返還期限は未到来であり、控訴人鈴鹿の森観光は被控訴人に対し、本件入会預託権の返還義務はない。

(二) 仮に、破産管財人が破産法五九条一項により本件入会契約を解除できるとしても、前記のように本件入会預託金については一〇年の据置期間の定めがあり、その間、控訴人鈴鹿の森観光は、入会預託金を無利息で使用できるのであるが、本件入会契約が解除され、ただちに本件入会預託金を返還しなければならないとすると、解除がなされた平成七年三月一八日から据置期間満了時の平成一二年二月八日までの間の本件入会預託金に対する商事法定利率年六分の割合による利息相当額六七五万六三二九円の損害を被ることになる。

そうすると、控訴人鈴鹿の森観光は、破産法六〇条一項により、右損害について破産債権としての損害賠償請求債権を有することになるから、右損害賠償債権を自働債権として、本件入会預託金返還債務と対当額で相殺するものとし、平成八年二月一日の当審第一回口頭弁論期日で陳述された控訴人らの同日付準備書面によって、被控訴人に対し、右相殺の意思表示をした。

したがって、右相殺の限度で、控訴人鈴鹿の森観光の本件入会預託金の返還債務は消滅した。

2  控訴人オリックス・クレジット株式会社(以下「控訴人オリックス・クレジット」という。)に対する請求について

仮に被控訴人が本件ゴルフ会員権を有するものとしても、控訴人オリックス・クレジットは、本件ゴルフ会員権証書につき商事留置権を有するところ、破産法九三条一項により破産財団に属する財産の上に存する商事留置権は、特別の先取特権とみなされるが、その趣旨は、民法上の留置権とは異なり、商事留置権については、これを特別の先取特権とみなして、担保権としての効力を持続させようとするところにあり、かつ、破産法には、会社更生法一六一条の二第一項のように商事留置権の消滅請求を認めた規定はないから、その反対解釈として、留置的効力は失われないものと解すべきである。

二  控訴人らの主張に対する認否と反論

1  控訴人鈴鹿の森観光の主張について

(一)(1) 控訴人鈴鹿の森観光の主張(一)は争う。

(2) 預託金制のゴルフ場会員権は、会員がゴルフクラブの理事長に対して入会を申し込み、ゴルフクラブの規則所定の理事会の承認と所定の入会保証金の預託を経ることによって成立する会員のゴルフ場会社に対する契約上の地位であり、その内容として、会員は、ゴルフ場会社所有のゴルフ場施設をゴルフクラブの規則に従い優先的に利用できる権利及び年会費納入の義務を有し、入会に際して預託した入会保証金を据置期間経過後は退会とともに返還請求できるという債権的法律関係である(最高裁昭和五〇年七月二五日・民集二九巻六号一一四七頁)。

すなわち、預託金制ゴルフ場会員契約は、ゴルフ場会社はゴルフ場施設の継続的優先的利用を約し、会員は一定の金銭の支払及び預託を約することによって成立する諾成、双務契約であり、この契約上の地位が会員権であって、会員権の内容は、通常①ゴルフ場会社に対する預託金返還請求権、②ゴルフ場施設の優先的利用権、③ゴルフ場会社に対する年会費納入義務である。

(3) このように、本件入会契約は、当事書双方の債務が対価関係にある双務契約であり、会員(破産者)の控訴人鈴鹿の森観光に対する、ゴルフ場施設を優先的に利用し、また、ゴルフクラブが主催する競技に参加する権利と、年会費及びゴルフ場利用料を支払う義務とは、会員(破産者)が本件ゴルフクラブの会員であるかぎり、将来も発生するものであるから、いずれもまだ履行が終わっていない状態にあるというべきである。

(4) 継続的契約関係であるからといって、破産法五九条一項の適用がないとはいえないし、また、破産管財人において、本件ゴルフクラブの会則に従っていつでも本件入会契約を解約することができるとしても、その場合は、任意の退会(解約)として、会則第八条により、入会預託金については、入会のときから一〇年の据置期間の定めにより、平成一二年二月九日まで返還期限は到来しないという拘束を受けることになり、破産法五九条一項による解除と同じとはいえず(右会則の入会預託金据置の定めは、合意解約の場合の入会預託金返還の手続を定めたものに過ぎず、債務不履行による法定解除や破産法五九条一項による解除の場合は、右会則上の定めの拘束は受けないものである。)、したがって、退会(解約)が可能であるからといって、破産法五九条一項の適用がないとはいえない。

(5) 実質的に言っても、本件入会契約の場合、破産管財人の破産法五九条一項による解除を認めることは妥当である。

すなわち、会員は、ゴルフ場会社に対して、優先的にゴルフ場の施設を利用し、競技に参加する権利を有し、その対価として、入会預託金を預託し、ゴルフ場会社はこれを無利息で運用できる利益を有するのであるが、会員が破産した場合、破産管財人が会員権の管理処分権を取得するところ、その場合、破産者自身がゴルフ場の施設を利用したり、競技に参加することはなく、また、破産管財人或いは破産財団がその利用をすることもあり得ないから、ゴルフ場会社は、反対給付なしに、預託金を無利息で運用できる利益だけを有することになり、ゴルフ場会社に一方的な利益を与える結果になって不公平である。

また、会員が破産した場合、破産者及び破産財団とも会員権を利用することは考えられないので、破産管財人が会員権を保持し続ける利益はなく、したがって、破産管財人としてはこれを換価するほかはないが、売却価格が預託金の額を大幅に下回る場合(本件会員権の場合も、時価は五〇〇万円程度で、預託金の額の四分の一以下である。)、あえてこれを売却すれば、破産管財人が善管義務に違反する結果となり、さりとて、預託金の返還を受けようとすれば、破産管財人からの解除ができない限り、年会費未納でゴルフ場会社の方から解除するか、さもなくば預託金の据置期間の満了を待つほかはなく、破産手続が著しく延引することを余儀なくされる。

したがって、双方未履行の双務契約において当事者の一方が破産した場合に、当事者双方の公平な保護をはかりつつ破産手続の迅速な終結をはかるという破産法五九条一項の趣旨からすれば、会員の破産の場合に、入会契約について、同条を適用すべき合理的理由があるというべきである。

(二) 控訴人鈴鹿の森観光の主張(二)は争う。

仮に、同控訴人が、破産法六〇条一項により、本件入会預託金に対する据置期間満了時までの期間の利息相当額について、破産債権としての損害賠償請求債権を有するとしても、同控訴人の本件入会預託金返還債務は、破産宣告後に生じたものであり、破産債権者が破産宣告後に破産財団に対して債務を負担した場合にあたるから、破産法一〇四条一号により、相殺が許されない。

したがって、控訴人鈴鹿の森観光の相殺の主張は理由がない。

2  控訴人オリックス・クレジットの主張について

(一) 指名債権証書に過ぎないゴルフ会員権証書は、債権(会員権)の証拠として以外には独立の価値を有しないものであるから、債権(会員権)と離れて別の人の所有に属することは認められないし、単なる証拠証券に過ぎないゴルフ会員権証書については、そもそも留置権が生ずる余地はない。

(二) 仮に本件ゴルフ会員権証書に商事留置権が生ずるとしても、破産財団に属する財産の上に存する商事留置権は、破産宣告によって特別の先取特権とみなされ(破産法九三条一項前段)、その場合には留置権に基づく留置的効力は失効するものである。

また、会社更生法では商事留置権も更生担保権とされており、同法一六一条の二第一項はその関係から規定されたもので、右条項のような規定が破産法にないことをもって、破産手続上商事留置権の留置的効力が存続すると解すべきではない(大阪高裁平成六年九月一六日判決・判例時報一五二一号一四八頁参照)。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する各請求を認容すべきものと認定判断するが、その理由は、以下に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第二の二及び第三の二の各「争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人鈴鹿の森観光に対する請求について

1  本件入会契約のような預託金制ゴルフクラブ会員権は、ゴルフ場会社に対し、ゴルフ場施設を優先的に利用し得る権利及び年会費納入等の義務、入会に際して預託した入会保証金を規約所定の据置期間経過後は退会とともに返還請求することができる権利を内容とする契約上の地位であり、右契約は、会員のゴルフ場施設優先的利用権と入会保証金の預託及び年会費納入等の義務とが対価的関係にある双務契約であり、会員が入会保証金の預託等所定の手続を経て会員権を取得した後においては、会員がその会員権を行使してゴルフ場施設を利用する関係が継続することになるが、それはゴルフ場施設優先的利用権と年会費納入等の義務とが対価的関係にある一種の継続的契約関係である。

そして、継続的契約関係として、右のようなゴルフ場会社と会員のそれぞれの債務が将来も継続することが予定されている以上、破産宣告の当時、ともにその履行が完了していないものというべきであるから、破産管財人において、破産法五九条一項により、これを解除することができるものと解すべきである。

2  控訴人鈴鹿の森観光は、本件入会契約の場合、会員が会員権を取得した段階で、双方の債務の履行が終わっているから、その後において会員が破産しても、その会員権が破産財団に属することになるだけであって、破産法五九条一項の適用の余地はなく、また、本件の場合、破産者である株式会社スタッフコーポレーションは、既に二年近くも会員として本件ゴルフ場を利用しているから、この段階に至った継続的債権関係である本件入会契約を遡及的に解除できるものではないと主張する。

しかし、右のように、会員が会員権を取得した後においても、会員の会員権行使によるゴルフ場施設の利用関係が継続し、ゴルフ場会社と会員のそれぞれの債務が将来も継続することが予定されている以上、破産宣告の当時その履行が完了していないものというべきであり、右のような継続的契約関係においても、破産管財人において、契約を解除して原状に回復すべきか、契約の趣旨に従って債務の履行をすべきかを選択させ、破産手続の迅速な終結を図るという破産法五九条一項の趣旨に照らし、これを適用して解除することができるものと解すべきである。

なお、右のような継続的契約関係においては、既に履行が終わった分については、既履行の分だけでは契約をした目的が達せられないような特段の事情がない限り、既履行の分も含めて契約全体を遡及的に解除することはできず、あくまで未履行、すなわち、将来に履行期の来る分に限って解除できるものである。

また、控訴人鈴鹿の森観光は、破産管財人が民法上の解除権を有する場合(同法六二一条、六三一条、六四二条など)には破産法五九条一項の適用はないと解すべきであるところ、本件入会契約の場合も、会員は、いつでも退会できるから、破産管財人は解約(退会)すればよく、したがって、破産法五九条一項の適用はないとも主張するが、右のように民法上特に破産管財人に解除権が認められている場合は、契約の相手方の利益保護が図られている破産法五九条一項よりも破産財団に有利になっているから、別に破産法五九条一項による解除を認める必要がないのに対し、本件入会契約の場合は、そのような法規上の特別な定めはなく、むしろ、任意退会は、会則による預託金の据置期間の拘束を受けるなど破産財団にとって不利益であるから、解約(退会)とは別に、破産法五九条一項による解除を認める必要がある。

3  控訴人鈴鹿の森観光は、仮に、破産管財人が破産法五九条一項により本件入会契約を解除できるとした場合は、破産法六〇条一項により、破産債権として、解除の日から据置期間満了時までの間の本件入会預託金に対する利息相当額の損害賠償請求債権を有するから、右損害賠償債権を自働債権として、本件入会預託金返還債権と対当額で相殺すると主張し、同控訴人が右相殺の意思表示をしたことは本件記録上明らかである。

そして、被控訴人が、破産法五九条一項により本件入会契約を解除した場合、控訴人鈴鹿の森観光としては、据置期間満了まで本件入会預託金を無利息で運用すべき利益を有していたところ、右解除により即時これを返還することを余儀なくされ、その期間の利息相当額の損害を被ることになるから、同控訴人は、破産法六〇条一項により、破産債権として、右損害賠償請求債権を有することになる。

しかし、控訴人鈴鹿の森観光が、破産法六〇条一項により、破産債権として右のように利息相当額の損害賠償請求債権を有するとしても、同控訴人の本件入会預託金返還債務は、破産宣告後に生じたものであり、破産債権者が破産宣告後に破産財団に対して債務を負担した場合にあたるから、破産法一〇四条一号により相殺が許されないというべきである。

したがって、同控訴人の相殺の主張も理由がない。

三  控訴人オリックス・クレジットに対する請求について

控訴人オリックス・クレジットは、同控訴人が本件ゴルフ会員権証書につき有する商事留置権が、破産法九三条一項により特別の先取特権とみなされるとしても、破産法には、会社更生法一六一条の二第一項のように商事留置権の消滅請求を認めた規定はないから、その反対解釈により、その留置的効力は失わないものと解すべきであると主張するが、破産財団に属する財産の上に存する商事留置権が、破産法九三条一項により特別の先取特権とみなされるとともに、その留置的効力も失われるものと解すべきであることは既述のとおり(原判決九枚目裏二行目以下)であり、会社更生法一六一条の二第一項のような規定が破産法にないからといって、その留置的効力が失われないものとすべきではない。

したがって、同控訴人の右主張は理由がない。

第四  結語

以上のとおり、被控訴人の控訴人らに対する各請求を認容した原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 髙橋史朗 裁判官 杉本正樹)

別紙会員権目録〈省略〉

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